あるアパートで男が死んだ。
住人達は誰もその男を知らない。
名前も素性も・・・何故ここで死んだのかも。
彼には首がなかった。
階段の踊り場に横たわる屍体を見た住人達は隣人を疑う。
常に喪服に身を包んだ未亡人とその息子。
無口で真面目な学者。
疑い深く神経質な画学生。
他人の噂を集めては脅迫している双子。
そして売れない作家である私。
そこへ管理人の友人を名乗る青年が現れた。
青年は管理人の不在に困ったように微笑む。
「 では彼が帰るまで少しばかりここへ滞在しても宜しいでしょうか? 」
来たばかりで宿もない者を追い返すわけにもいかない。
我々は隣人の顔色をうかがいつつ青年をアパートへ迎えることにした。
*
次の朝、未亡人が死んだ。
階段の踊り場に横たわる彼女はとても美しくもあり奇妙でもあった。
未亡人もまた首がなかったのだ。
ただ彼女であることを示す喪服が赤黒く血に染まっていた。
画学生はわなわなと震え、スケッチブックを握りしめて叫んだ。
「 あんたたちが殺したんだろう? 」
「 心外だな 」
双子はくすりと笑みをこぼした。
「 あんたのように彼女を崇拝する男はごまんといるンだぜ 」
「 早くあきらめがついて良かったじゃアないか 」
「 そのスケッチも無駄になったな 」
双子の片割れがスケッチに手を伸ばした。
画学生は手を引っ込めようとしてスケッチをこぼした。
その瞬間彼の未亡人への愛がつまったスケッチが踊り場に舞った。
あとにはただ中傷するような双子の笑い声が残っただけだった。
*
首はすぐに見つかった。
学者が自室に閉じこめて彼女を愛でていたのだ。
「 いい気味だよ 」
学者の部屋を覗き込んだ未亡人の息子が吐き捨てるように言った。
未亡人が学者と秘密裏に会っていることは何となく知っていた。
毎週土曜日の夜にいつも学者の部屋に消える未亡人を見る。
きっと学者は未亡人への愛が募りすぎて狂気に取り憑かれたのだろう…
*
「 彼は偏執狂ではあるが殺人者ではないですね 」
気が付くと背後にあの青年が手帳を手に静かに微笑んでいた。
青年の白い手袋には万年筆のインキの染みがにじんでいた。
それが酷く気味の悪いものに思えて私は目眩がした。
嗚呼、今にして思えば彼は私の中で予想外の登場人物だった!
白い原稿用紙を土足で踏み荒らすような踏み破るような。
誰も私のシナリオを知らないはずなのに。
「 どうして…そんなことを… 」
のどの奥で引っかかったような声が私の口から漏れた。
青年は静かに微笑んでまた私を不安にさせる言葉を吐くのだ。
「 僕の友人の首はどこへ行ったのでしょうかね 」
嗚呼、このまま物言わず消え入りたい…。
↓
今のAOに至るまでに二度内容変更しました。
これはその二度目のもの。
面白いのでそのまま載せておきます。
*
おまけ:一枚絵を描く前に描いた人物図